count01:語る大樹

 少女は祈った。毎日毎日。少しでも、今の状況がよくなるように。
 雪は止まることを忘れしんしんと降り続ける。身が凍るような寒さの中、村人たちは献身的にある場所へと向かっていた。 少女はその行く先を知っているが、ついていこうとは思わなかった。
 ちらりと少女は部屋の奥に目を向けると、母親が赤子を抱いていた。母親の頬は痩せこけ、邪魔にならぬよう一つに括った髪も、 後れ毛がだらしなく垂れ下がり意味をなしていなかった。赤子も泣き声を少しもあげず、ぐったりと母親の腕に体重を預けていた。
 少女は祈った。その声をどこに届けていいのかもわからぬまま、ただただ祈り続けた。











 かみさま、どうかわたしのいもうとをたすけてください。



















「なにもない?」
「……また面白い報告だね」
「面白くないよ、情報がなさすぎるんだから」

 そうですよね、とセトとクラウスは静かに頷いた。D.C(ダーク・コア)を消去するための専門部隊がある、ゼロ・カンパニー。 そこの"]"と書かれた扉の向こうにある執務室で、三人は一つの書類に目を通していた。"調査報告書"と書かれた紙には、 カンパニーの調査課が調べてきた"D.Cに関係しそうなこと"が載っている。それをもとに彼らリセッターが任務に赴くわけだが、 この第10隊の隊長であるクラウスは紙をデスクに投げ置くと、お気に入りの椅子に深く腰掛けてしまった。

「これ、オレらが行くような任務なの?」
「そうと判断されたから指示がきたんでしょ」
「……はあ、めんどくさ……」
「文句を言うな」

 副隊長のユークにぴしゃりと言われると、クラウスは頭を掻きながら項垂れてしまった。これではどちらが隊長なのだかわかったものじゃないと、 いつもセトは思っていた。クラウスはもう一度投げた紙に目を通し、大きく溜息をついた。セトも隣に立ってそれを読む。
   ここテクノス国から北北東に向かったところにある、カリジ国。その国の治める領地の一つに、グリフラー村という小さな村がある。 そこで些か奇妙なことが起こっているとのことであった。その村から微かなD.Cの気配をキャッチした調査課の隊員が、現地に向かったところ辿りつけなかったというのだ。 地図に記されている場所は何もない森の中で、村らしきものも、人の気配もなかったという。その後も調べてはみるものの、国の方でも村から税金が納められているから存在しない筈はないと、 素っ気ない返事が返ってくるだけであった。そのような何もわからない状態で現場に行き、改めて調査し、D.Cを発見次第消去せよとのことだ。またなんとも曖昧な任務命令である。

「それ、オレたちが行っても村に辿りつけないんじゃないの?」
「その俺たち. . . なら何か発見できるかもしれないから、取りあえず行ってみてくれってさ」
「そんな適当な……まあ、任務は別にいいけどさ……」
「なに、さっきから何が不満なわけ」

 ユークが少し苛ついたような声色で、サングラス越しに呑気に座っている隊長を一瞥した。ユークは燃えるような赤の短髪に、 見えないのではないかと思うくらいの黒いサングラスをしているため、彼の睨みは視線がわからずとも威圧感がある。クラウスは肩を竦め、一呼吸おいてからぼそりと呟いた。


「だって、その村めっちゃ北でしょ? 絶対寒いじゃん」
「………………」

 やっぱりね、とセトは自身のデスクに戻りながら苦笑いする。ユークに至っては呆れて言葉も出ないようであった。我ら10隊の隊長さんは寒さにとても弱い。 だからと言って暑さに強いわけでもないけれど。そんな些細な理由で任務を渋っているわけだが、彼にとっては重要な問題なのだ。こんな人でも一応仲間をまとめる隊長なのだから、 複雑な想いで盛大な溜息を吐くユークの行動は正しいと言える。

「……じゃあ、俺とセトで行ってもいいけど」
「まじ? やった」
「今日中に終わらせなきゃいけないあの大量の書類を片づけて、俺の代わりに会議も出てくれるんだよな?」
「よしセト任務に行こう、今すぐに行こう」

 こんな隊長だからこそ部下はしっかりするもので、ユークはクラウスの扱いを十二分にわかっていた。行く気になったところで地図データを壁に表示させると、 地図には現在地に青い点が、目的地には赤い点が示されていた。

「で、行き方は?」
「スカイラインが一番早いね」
「でもそれカリジ国の王都くらいまででしょ?」
「ちょっと待って……あ、村の近くまでは王都から汽車が出てるよ」
「じゃあそれで。セト、行こう」
「はーい」

 スカイラインは手配しておくから、とユークの言葉を背中で聞きながら二人は扉に向かう。いってらっしゃい、といつものように見送られながら廊下を歩き、 エレベーターの前まで来たときに後ろから知った声に呼び止められた。

「お前らこれから任務か?」
「灰ちゃん! よっす!」
「北の方だよ。オレどうせ行くなら南がいいんだけど」

 大量の書類を抱え、眉間に皺をよせていたのは我らリセッターの総副隊長こと、灰次であった。これから書類を調査課に持って行くところだったらしい。 彼はカンパニーで最も多忙だと噂されているが、その噂は正しい。多忙の基準がよくわからなくなる程度には、多忙なのだ。

「何処でもいいが、お前ら街を破壊するのはやめろよ、頼むから」
「大丈夫。今回行くのは村だから」
「そういう意味じゃねえよ」
「まーまー! 大丈夫だってー! ちゃんと力抑えてやりますから! ね!」
「お前が言うな。この前の任務だってな……」
「じゃ、オレたちスカイラインに乗り遅れちゃうから〜」

 おい、と再び呼び止められてもお構いなしに、タイミングよく来たエレベーターに乗り込むと、そのまま扉を閉じる。帰ったらまたお説教されるのだろうかと気持ちを溜息に混ぜて吐き出すと、 知ったようにクラウスが肩を軽く叩く。呆れた視線を彼に送りつつ、セトは静かにそれを払った。